鈴木愛子のオフィシャルブログ

インド人に見習う、迷惑をかけて生きていくこと。

2015/07/09

カテゴリ: ヨガを旅する, 鈴木愛子のオフィシャルブログ

前回のコラムで、インド人の愛情表現から学んだ「ヨーガ」についてをお伝えしましたが、今日は、生き方のコツについて学んでみましょう。

あのカレーしか食べないインド人から、こんなにも学ぶことがあるなんて。。。
ちょっと悔しい気もしますね(笑)

「人に迷惑をかけないようにしましょう。」

私たち日本人は、そのようにして育てられてきたように思います。

一体、迷惑をかけるとはなんぞや?

車が通るところに自転車を置いたり、図書館の本をいつまでも返さないのはもちろん迷惑。
ここ日本では「私は道端にゴミを捨てません!」などというのは、宣言することでも、素晴らしいことでも何でもない、迷惑以前の常識の問題だと思います。

日本人って本当に、周りの環境や人に気を配れる素晴らしい人たちだなと、ゴミだらけのインドにいた私は思うのです。

ここで言う「人に迷惑をかけないようにしましょう」の「迷惑」とは、社会の調和を保つための共通の認識のこと。
しかし私たちは「迷惑」を自分の問題にまで延長してしまう傾向があります。

私がオーストラリアでライフセービングのトレーニングを受けていた時、トレーナーがこんなことを言っていました。

「日本人は自分が危険な状態にあるのに、遠慮してギリギリまで助けを求めない。
俺たちは助けるために待機しているのに!
自分で何とかしようとしないで、危ないなと思ったらすぐに助けを呼ぶべきだ。」

。。。分かりますね、迷惑をかけることを恐れる日本人の心理状態。

自分が本当に困っている時、なんとなく助けを求めづらい。
そう思うことはありませんか?

海外にいるとよく話題にのぼる、日本人の自殺率の高さ。

「日本はなんで自殺者が多いの?」

って、インドにいても、よく聞かれるんです。

「日本人は、あんたたちみたいに30も過ぎてプラプラしてる人が家族にいることは恥だから、大変なのよっ!!」

と、突っ込んではみたものの、決して自慢できないこの現実。

なぜ人は思いつめるのか。

「人に迷惑をかけてはいけない。」

その真面目さが始まりなのではないのでしょうか。

「相談したいけど、こんな夜遅くに電話したら、迷惑だろうな。」
「こんなことがあったけど、まず、自分一人でなんとかしてみよう。」

家族や友人など、相手が近い人であればあるほど、迷惑をかけたくない気持ちでいっぱいになりますね。

もし相談していたら、話しただけで気持ちが楽になっていたかもしれないし、根が深くならないうちに具体的な解決方法を提案してくれる人がいたかもしれない。
何より、ひとりぼっちにならない。
家族や友人だったら、それこそ心良く相談に乗ってくれるでしょう。

それはわかっているのに、相談できない!

楽しかったことやおめでたいことは簡単にシェアできるのに、自分の悩みを打ち明けられない。

実は、私もまさにそんなタイプだったのです。
長女なせいか、甘えベタで、小さい頃から家族にあまり相談ごとができなかった私は、弱いところを相手に見せてはいけないという、変な責任感にとりつかれていました。
精神的に、誰かの助けが必要だった時、どうやって人に相談していいかわかりませんでした。

家族に、「そろそろ将来のことを考えて」とでも言われたもんなら、「ひえー!30も過ぎて会社をやめ、結婚もせずプラプラしている私なんてきっと家族の恥!心配もかけてる!呆れてきっともう誰も助けてくれないんだ!もう迷惑かけられない!私一人でなんとかしなくちゃ。」と脳内変換が起こるのです。

そうしてたどり着いたのがインドのアシュラムなのですよ。

。。。ええ、私の話はいいんです。。。

ここインドは、「列に並ぶ」「ゴミを捨てない」「人前でゲップをしない」などの世界の人が普通にしていることが全く通じない別世界なのですが、悪いことばかりではなく、実は懐(ふところ)の深い一面もあるのです。

どうやら彼らは、

「あなたは人に迷惑をかけて生きていかなければならないのだから、人のことも受け入れてあげなさい。」

と教えられ育っているようなのです。

どうです?
だいぶ気持ちが楽になりませんか?

あなたは一人ではないし、あなたは誰も一人にはさせない。

日本人の「人に迷惑をかけてはいけない」という周りへの配慮は素晴らしいこと。
でも、実は、人に頼らなければならない人対して厳しい社会でもあるのです。

私は迷惑かけないから、あなたも迷惑をかけないで。

小さなことでも人に頼ることがとても悪いことのように思えてしまいます。
1回はいいけど、2回目だしな。。とか。
とても孤独になりやすいです。

その点インド人は、、、

混乱して夜中に電話をかけてくる。
帰ってくると誰か(もちろんインド人)が部屋入った形跡がある。
お前のものは俺のもの。
お前の時間は俺の時間。

日本人なら家族にも遠慮してできないようなことを、彼らには他人にも平気でできるのです。

でも、実際されてみると、たいして迷惑なことでもない。
自分のプライバシーへのこだわりを少し減らせばいいだけのこと。

そして相手を受け入れる器さえあれば、相手もまた、いつでも受け入れてくれる。
相手がズカズカと踏み込んできるというのは、逆に言うと、相手にもズカズカ入っていける。
つまり相談しやすい雰囲気でもあります。

もっと私の時間を使ってもいいよ。
もっと私のこと使ってもいいよ。

迷惑をかけないことよりも、相手を迷惑だと思わないで受け入れる環境。

抱えている問題は、問題として適切に処理しなければならない。
自分で解決できないときは、誰かに相談にすることは迷惑ではない。

でもその問題に「迷惑をかける」という別の問題を足して、抱え込んでしまう。
そして、
「こんなことで人に頼るべきでない。」
「私には頼る人がいない」
と、どんどん孤独になっていく。

人は一人では生きていけない。
分かりきったことなのに、プライバシーが重視されている今の時代には、人に頼ることはちょっとした勇気が必要です。

でも逆に、「私はいつでも助けになれますよ。」
そういうメッセージを周りに送り続けることで、お互いが手を差し伸べ合いやすい空気を生み出すことができるのでしょう。

この際、インド人を見習ってしまいましょう。
迷惑をかけて生きていくことを。

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