Makotoのオフィシャルブログ

結果にとらわれない潔い態度を育む|ダン・ハリス「10% HAPPIER」

2017/06/06

カテゴリ: Makotoのオフィシャルブログ, ヨガを感じる本を読む, 言葉からのインスピレーション

「瞑想をしているということを白状すると、『それで人生はよくなるのか?』と質問されるんです。そんな時は、『今より10パーセント幸せになるよ。』と答えることにしています。」

ダン・ハリス ジャーナリスト

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ハタヨガという身体を使ったヨガがブームとなった次は瞑想が世界的なブームであり、欧米の大手企業では瞑想を全社的に取り入れ、社員が瞑想する為の部屋まで完備している企業もあるようです。美しくありたいと願う女性たちがハタヨガを行い、ライフスタイルに取り入れることが定着した今、仕事に情熱を燃やす男性たちの間で瞑想を行うことが浸透しつつあります。

瞑想とはそもそもなんでしょうか?
瞑想という言葉の意味を辞書で引いてみると以下のように説明がされていました。

【瞑想とは心を鎮めて無心になること、目を閉じて深く静かに思いをめぐらせること。】

なぜ目を閉じて無心になることが必要であり、世界中の人々がこぞってこの実践を行っているのでしょうか?

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ヨガという言葉が初めて登場する古代の文献である「ヨガスートラ」は、ヨガの根本的な経典であるといわれていますが、実は「ヨガスートラ」とは、瞑想の体験を成功させる為の手引書なのです。しかしこの古の文献での瞑想の定義は難しくて複雑のように思われます。そして、現代に書かれている瞑想についての本もまた難解であったり、胡散臭く思う人も多くいるかと思います。また精神世界の雰囲気がするものに拒絶反応がある方がいるのも事実ですね。瞑想についてもっとわかりやすく健全に伝えたいと思っている時に「10%HAPPIER」という本に出会いました。

今回ご紹介する本は、米国ABC放送の人気キャスターであるダン・ハリスさんが自分のエゴと向き合い、頭の中で絶え間なく続くおしゃべりを黙らせて、自分の精神に触れることで自己探究をしていくノンフィクションです。なので、この本は瞑想のやり方についての専門書ではありませんし、良くある精神世界を肯定することが大前提のスピリチュアル本でもなければ、聞き飽きたお説教のような自己啓発本とも異なります。

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ダンさんにはステイタスがありますが、あくまで普通の感覚の持ち主であることが文面からうかがえます。現実的で懐疑主義でもあることを自認されている彼が瞑想の実践を始め、仏教的なものごとの見方を身につけることで、【慈悲の心を持ちながら社会的に成功をおさめるということは両立するのか?】というテーマに真っ向から突き進みます。最終的にはABC放送の看板番組のメインキャスターに昇り詰めるまでの奮闘ぶりが、ユーモアをふくめながらジャーナリストらしい鋭いまなざしで語られています。

ダンさんは戦場での取材の経験や、淘汰の激しい業界において、ライバルとの競争によるストレスからドラッグに手を染めてしまうのですが、自分の社会的立場の責任感やドラッグがきれた時のパニック障害の経験を更生しようと精神科医の元にカウンセリングに通っていました。

ドラッグの影響から立ち直ろうとする中で、ダンさんは仕事で宗教関連の報道を手掛け、何名かの著名な宗教家へのインタビューを行います。その後現代のスピリチュアルリーダーであるエックハルト・トール氏の著作「ニューアース」を読むことで、最初は毛嫌いし、小馬鹿にしていたはずの精神的な世界への扉を開いていくのです。トール氏の著作の抽象的な表現にうんざりしながらも、ダンさんの心を撃沈する以下のような一節を発見するのです。

「トールによると、人間は生まれてから死ぬまでずっと自分の頭の中の声に支配されている。その声は、ひっきりなしに何かを考えている。ほとんどはネガティブな思考であり、同じことの繰り返しで、そして自分のことだ。」

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上記の文章がまさしく彼の頭の中の出来事そのものであり、その声の主、つまりエゴの存在をはっきりと認識したのです。エゴによって過ぎ去った出来事に執着し、起きてもいない未来の不安や期待に思いをはせてしまうことで、今現在がないがしろになってしまっていることに気がつきます。一見したところ成功しているような自分の人生が、実は夢遊病にように何も考えず、ただ惰性で過ごしてきことを痛感したのです。

元来心配性でネガティブな心の傾向があるダンさんは、最小限のストレスで自身の心的能力を向上できる方法を知りたい、そしてエゴが行う頭の中のおしゃべりをだまらせる方法を知りたいと思うのですが、生憎トール氏のどの著作を読んでも答えは見つからず、自らその答えを見つけるべく瞑想の実践へと導かれていきます。

ヨガの世界観では、頭の中で繰り広げられるおしゃべりの主であるエゴ(自我意識)を本当の自分ではないとはっきり断言しています。頭の中で繰り広げられる思考は常に勝手に動き回ってしまい、僕たちをあらぬ方向へ、自分が望まない方向へと押し出します。ヨガスートラの冒頭にはこの様な苦しみの原因の一端が以下のようにあらわされています。

「思考が動き回ってしまうことに配慮をしないと、本当の自分と思考とを混同してしまうことが苦悩の原因となるでしょう。」
ヨガスートラ1章4節

では「動き回っては次々と浮かんでくる思考に対して、どの様な配慮を持つことが出来るのか?」をこの本でダンさんが追及してくれています。

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その後、トール氏をはじめ、精神世界のリーダたちを取材しましたが自分が求めるような回答が得られずに悶々としていました。そこで、まずは自ら瞑想の実践を深め、仏教の教えを学びました。仏教の教えは現実的な彼の性質と上手く溶け合い、瞑想の実践の成果もあり、彼の知性が徐々に輝きだします。懐疑心ではなく、本質を見極める力が備わってくる様子がうかがえます。

瞑想を続けながらも、ダンさんは自分の昇格に右往左往していたのですが、瞑想や仏教的な考え方を身につけているが故、上司からは能力があるのに意欲に欠け、消極的な人とみられてしまっていました。仕事上重要なポジションにほとんど立たせてもらえないことも、調和という能力を身につけているが故、あまり気にならないでいました。しかし、大きな事件やプロジェクトが立て続く中、自分がその渦中にいないことを疑問に思い、自分の上司に面談を申し入れたのです。

面談の結果、自分がふぬけになっていたことに改めて気がつきます。瞑想の実践で頭の声に振りまわされることがなくなり、以前よりは生きやすくなってはいたものの社会的に見たら機能しない消極さが身についていたのです。

そこで彼は、【幸せで善良な人になりながら、世俗的な成功も達するにはどうすればいいのか】という問題に真剣に取り組むことになります。野心と平常心のバランスを模索しているなか、友人でもあり仏教の学びの師でもあるマークさんに諭された一言は彼が求めていた答えでした。それは「結果に執着しない」ということ。自分自身がコントロールできることのみに集中し、自分にはコントロールできないことは見極めて手放す。この知恵こそが彼が知りたかったことであり、この物語のマスターピースなのでした。

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その後のエピソードで、ダンさんがABC放送の看板ニュース番組のメインキャスターに抜擢され、昇進した様子が伝えられています。彼が知った「結果に執着しない」という知恵は、ヨガスートラで述べられている瞑想の効果を引き出す為に必要な事の一つとして上げられています。ヨガスートラでは「結果に執着しない」ということを以下のように表現しています。

「自然の法則を理解しその流れに身を任せることによって瞑想の効果が深まります。」
ヨガスートラ2章45節

目標や目的に対して自分が出来ることを全て行ったとしても、その結果は自然や宇宙、神にゆだねるという潔い態度がダンさんの成功体験の秘訣だったようです。

そしてこの潔い態度はヨガや瞑想の実践を通じて育み、身につけることが可能です。

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ダン・ハリス「10%HAPPIER」2015年大和書房

教えるということは学ぶということ|キャスリーン・フリン「ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室」

2017/04/13

カテゴリ: Makotoのオフィシャルブログ, ヨガを感じる本を読む, 言葉からのインスピレーション

「私たちは生きて、学んで、教え合う。これって素敵なことじゃない?」
キャスリーン フリン ライター ジャーナリスト 料理講師

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僕たちの身体は食べものから出来ています。

ヨガやアーユルヴェーダでは僕たちの身体をより微細なレベルでとらえていて五つの層から成り立っているのだと教えています。(パンチャ コーシャ/五つの鞘)この骨と筋肉からなる僕たちの身体は一番目の層であり、粗大な身体とされています。この層のことをサンスクリット語ではコーシャ(鞘)といい、一番目の層は「アンナンマヤ コーシャ」と言います。「アンナン」という言葉には「食べ物」という意味があり、「マヤ」という言葉が変化したものという意味なので、食べ物が変化したものが身体ということなのですね。「アンナン」には「捕食されるもの」という意味もあるので、僕たちの魂が肉体を離れた際に肉体が土にかえり、他の生物の滋養となることが暗示されているのでしょう。そしてアーユルヴェーダでは未病を防ぐことに力をいれていて、毎日なにをどう食べるのかを選択することの指導に重きがおかれています。

しかし、僕たちの身体が食べものから出来ているという、このシンプルな事実を本当に受け入れ、意識的に食べ物や調理法を選択している人がいったいどれ位いるのでしょうか?

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「ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室」と題されたノンフィクション作品は、境遇はまったく異なるが、料理ができないと思い込んでいるがために自信を無くしてしまっている10人の女性たちが、全10回の料理レッスンを通じて変わっていく、その様子が臨場感あふれる描写で表現されています。それぞれの実在する登場人物は様々な問題を抱えていて、マーガリン依存症、セレブなのに日本のカレールーで作ったカレーをわが子に食べさせ続ける、夫が料理上手で劣等感を感じている、元夫と一緒に買った七面鳥を冷凍したまま4年保存して捨てられない、等々。「ダメ女」というよりは「食」ということに関して無頓着であり、改善したいけれどやり方がわからない、無知な状態なのだと思いました。さらに、登場人物の人々は「食」ということがままならないためか、家族間での劣等感にさいなまれていたり、なにかに中毒的になっていてやめられない、無駄に沢山買ってしまうなど、その他の生活や人生に関わる様々な面でも葛藤を抱えている様に見えます。

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全10回の料理のレッスンとは、包丁の使い方や、加工品とナチュラルな調味料のテイスティングなどを通じて自炊をし、基礎力を高めることができるレッスン。肉や魚の扱い方や卵の調理法のアレンジ、こねないパンの焼き方や簡単なホイル料理など、とても実践的な内容のレッスンです。少ない買い物で沢山の料理を作ることや、残り物の再利用法などをしっかりと行うことで、なるべくゴミをださないことを提案してみます。この提案を通じて、サスティナブル(継続可能)かつ環境を配慮したライフスタイルを意識することの大切さを伝えるレッスンなど、既存の料理教室にはないクリエイティブで充実したカリキュラムは、思わず僕もキャスリーンさんのレッスンに参加したいなと思いました。特に印象的だったのが、鶏を丸ごと一羽解体するレッスンです。なぜ切り身ではなく、丸ごと一羽をさばくのかと言えば、これがかつて生き物であることを知ることで、食材としての肉を無駄にはできなくなる。その大切なことを参加者に経験から理解させるという意図が素晴らしいなと思うのです。

そもそもこの料理教室を行うことになったきっかけは、キャスリーンさんがあるスーパーで買い物している時に、冷凍食品ばかりをつぎつぎと買い物かごに入れる子連れの主婦を見かねてアドバイスした経験がアイデアとなりました。自らゲスト出演した料理のラジオ番組を通じて参加者を募り、10名の参加者の自宅に出向き、キッチンを見せてもらいながら彼女達がいつも食べている料理をキャスリーンさんの目の前で作ってもらう。そして足りない技術をレッスンの中に組む込み、全てのレッスンが終わってから参加者がその後どのように料理し、暮らしているのかを確認するという壮大なプロジェクトだったのです。

全10回のレッスンが終わり、キャスリーンさんは自分のこのプロジェクトの努力が実らず、参加者が以前と変わらないような「食」への関わり方をしていたらどうしよう、自分は良い影響を与えられたのだろうかと疑心暗鬼になりました。そうした不安を抱えながら再び彼女達のキッチンを訪ねると、多くの人がレッスンで学んだことを生かし、以前よりも自信を取り戻し、生き生きと暮らしていたのを目にしたのです。

この本の最後は、その後のキャスリーンさんの様子が描かれています。キャスリーンさんは参加者と同じくらい、あるいはそれ以上にこのプロジェクトから学び、その学びの中には本人も予期していなかった自分自身が変わって行くという過程が含まれていたようです。

「一歩引く」ことを学んだというキャスリーンさんは、このように自身のプロジェクトを締めくくっています。

「教えた人から、私たちは予期していなかった教訓を学ぶ。私たちは自分自身が誰なのか、そして人生のどのあたりにいるのかを思い出し、コースを変える為の改革が必要なのだ。

私は書いて、料理をして、人に教える事ができる。私にその情熱が詰まっていることは、私自身が良く知っている。」

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ヨガに限らず人に何かを伝えるということは、自分自身が生徒を通じて学ぶことだと思っています。また講師も100%教える内容を理解しているわけではなく、教えながら学んでいるのだとも思います。僕はヨガのインストラクターを育てる講師という役割なのですが、自分が「先生」ではなく、僕自身生徒がヨガを通じて変革していく「仲介役」に徹したいと思っています。

僕自身も教えながら自分自身への理解を深め、変化を遂げようとしている毎日なのです。

メイン講師を担当させて頂いている2つのトレーニングが最近終了し、今回も沢山の事を生徒達から学ばせて頂きました。そしてまた、新しく2つのトレーニングがスタートしています。今回はどの様な学びや変化があるのか楽しみです。

数年前、意中の人に「好きな人のタイプは?」と聞いたら「一緒に食事をしていて楽しいと思える人」という意見がかえってきました。その言葉を聞いた時は肩すかしを食らった様な感覚でしたが、今はその言葉にとても共感できますし、同じ質問を受けた時には同様の回答をしています。なぜならば、食べるということは生きることであり、どんなものをどうやって食べるかは、その人のライフスタイルに反映するのですから。

以前はオーガニックな食材にこだわり宅配で食材を注文し、仕事で家を不在にすることが多いにも関わらず冷蔵庫はパンパンで使いきることができないことが多々ありました。現在はマンションの近くのスーパーでごく少量の買い物をすませ、不必要に材料を買い足すことなく、冷蔵庫にあるものでおいしい食事を作る努力をしています。

自分で料理をつくるということは自分へ必要な滋養を与えるということ、そして自分のつくった料理を大切な人へと差し出すということは、愛情表現になりうるのだと思います。料理自体は語る言葉を持たないけれど、それはコミュニケーションなのです。

この本を読み終えてから、あらためて僕の小さなキッチンにたたずみ、冷蔵庫の扉を見つめていました。「生きて、学んで、教え合う。」そんな素敵なことをこの先も続けていくために、大切な人の身体や心を癒し滋養を差し上げる為に、今日も料理をしようと思います。

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ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室(きこ書房)」 キャスリーン・フリン(著)、村井理子(翻訳)

ヨガヨムに寄稿しています。

生命力を高める知識(アーユルヴェーダ)の実践|服部 みれい「私が輝くオージャスの秘密」

2017/03/09

カテゴリ: Makotoのオフィシャルブログ, ヨガを感じる本を読む, 言葉からのインスピレーション

「全体として調和がとれたときに、人はもっともよい状態で、幸福であり、健康であり、魅力的になれる。」
服部 みれい 文筆家 詩人

「アーユルヴェーダ」という言葉を初めて耳にしたのは、ヨガの指導者養成コースを受講している時だったように思います。今の日本ではエステやマッサージなど主に美容法と認識されていることが多いですが、実はアーユルヴェーダとはインドの伝承医学であり、民間療法や代替医療などではなく、独自のシステムを持つ医療体系なのです。

アーユルヴェーダの語源は、インド太古の言語であるサンスクリット語のアーユス(生命)という言葉とヴェーダ(知識)というふたつの言葉からなっています。ヴェーダとは、約5000年以上前のインドにて様々な賢者や聖人達が神から受けたインスピレーションをもとに編纂した、世界最古の書物と言われています。その知識が僕たちの元に降りてきたのは、僕たちの望みや願望を叶えるためであるとされているのです。その脈々と受け継がれてきた伝統からヨガというものが発生し、またアーユルヴェーダとして発展していきました。両方ともヴェーダという知識の源に基づいた実践的な科学であるとされています。よってヨガとアーユルヴェーダは発祥の原典が同じことから、姉妹科学と呼ばれているのですね。

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僕がヨガを学び始めた頃、必然的にアーユルヴェーダにも興味を持ちました。アーユルヴェーダに関する入門的な本を買って読んでみたのですが、「これは一体何なのか?よくわからない。」というのがアーユルヴェーダに対するはじめての印象でした。きっと多くの人にとってもアーユルヴェーダという伝統的な医学体系の全体像はなかなかつかめないのではないでしょうか。

そんな悶々とした頃に「わたしが輝くオージャスの秘密」という本に出会っていたらアーユルヴェーダに対する理解がもっと深まっていたのかなと思います。

この本の著者である服部みれいさんは、「新時代を生きぬく知恵」をテーマに様々な角度から情報を発信している文筆家です。幅広くそして奥深いアーユルヴェーダの世界観を「オージャス」というキーワードから優しく紐解いています。そしてなにより、分かりやすくて、とても実践的な内容です。

この書籍の中で「オージャス」とは人生に関わる生命エネルギーとしています。アーユルヴェーダの文脈からその生命エネルギーの増やし方や減らさないようにするための方法が、食事のとり方や生活の仕方に及んで紹介されています。

アーユルヴェーダで考える生命とは単に肉体のみを指すのではなくて、心、身体、五感、魂の複合体を指します。つまりアーユルヴェーダでは全体的に僕たちの存在を捉えていて、決して部分ではとらえていないのです。今、ホリスティック(全体的、包括的)という言葉がひとつのブームとしてありますが、アーユルヴェーダでは、はじめから全体的にみることの重要さを説いていたのです。

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アーユルヴェーダのテーマは、有益なライフスタイルと無益なライフスタイル、幸福なライフスタイルと不幸なライフスタイル、人にとって有益なことと無益なこと、人生の長さについて考察することであると定義されています。

アーユルヴェーダでは病気にならないように人々の生活指導に力を入れています。つまり太古から予防医学に力を入れていて、ヨガや呼吸法などを治療の大きなサイクルの中に取り入れるなど統合医療の先駆けでもあったのですね。ヨガ同様アーユルヴェーダも「いかに生きるのか?」を問う普遍的で実践的な哲学なのだと、服部みれいさんの作品を通じて改めて痛感しました。アーユルヴェーダとは医学として病気の治療や予防を行う以前に、本質的な幸福を追求するためのライフスタイルなのです。

では、アーユルヴェーダで考える不調や病気の原因とは何なのでしょうか。

アイアンガーヨガの創設者であるB.K.S.アイアンガー先生は、人々の病気の要因をヨガとアーユルヴェーダの観点から以下のように述べられています。

「ヨガによれば病気の原因は、心の動揺である。一方アーユルヴェーダでは病気は身体の構成要素のアンバランスに起因している。」
B.K.S.アイアンガー 「ヨーガの樹」 2015年 サンガ

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ヨガは心理的、精神的な方法で心を鎮め、おさめることをしていき、アーユルヴェーダでは身体的、生理的な方法で心と身体を整えることをしていきます。

不調や病気の原因となる身体の構成要素のアンバランスとはどのようなことなのでしょうか。アーユルヴェーダでは、私たちにそれぞれ特定の三つのエネルギー(トリドーシャ)があり、生まれながらに持ち、一生変わらない三つのエネルギー(プラクリティ)とその三つのエネルギーが生活や環境によって変化した質(ヴィクリティ)があるとされています。このエネルギーのアンバランスや特定のエネルギーが過剰に増悪することが身体の構成要素のバランスを崩していきます。アーユルヴェーダでは身体を構成する要素を7つの体組織(サプタダートゥー)として以下のように表しています。

1血漿(けっしょう・ラサ)、2血液(ラクタ)、3筋肉(マンサ)、4脂肪(メーダ)、
5骨(アスティ)、6骨髄(マッジャ)、7生殖組織(シュクラ)

これら七つの組織に十分に滋養が行き届かずに各組織が機能しないことが、不調や病気を引き起こします。

食物が体内に入り消化されることで血漿ができ血液となり、血液が筋肉にいきわたり脂肪が形成され骨となり、骨から骨髄が作られて生殖組織となります。この過程では都度、養分が消化されて、老廃物(マラ)が作られ排出されます。この流れがスムーズで各組織がうるおい、きちんと働いていれば、最終的にオージャスとなって僕たちの心と身体に現われます。

アーユルヴェーダでは消化力(アグニ)をとても重要視しています。いかに体内に(心にも)毒素(アーマ)をためずに排出できるかが大切なのです。よって、体質や食材、調理法、食べ方によって、より消化力が高まるベストな方法を選択します。そして日常の日課(ディナチャリア)として瞑想、舌を専用の器具でみがく、セサミオイルでのうがい、オイルでの体や頭のマッサージなどを行い、身体と心から毒素を排出して免疫力が高まるようにと五感のケアを怠りません。そして心身の健康や若返りを保つための行動の指針や心の在り方もアーユルヴェーダはヨガと同様に明確です。

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僕たちの健康を脅かし不調や病のもととなる身体と心のアーマ(毒素)の蓄積は、五感が間違った対象物と出会い、知性の使い方を誤ってしまうことが引き金となってしまうのです。消化力(アグニ)を高めて、効果的に毒素(アーマ)を排出する。そうすることで僕たちのエネルギー(ドーシャ)のバランスが整い、七つの体組織(サプタダートゥー)に滋養が行き渡り、十分に機能することで僕たちが内側から輝く「オージャス」を手に入れることができます。服部みれいさんの本には「オージャス」を増やすことは誰にでもできる、すぐに始められると記されていました。ヨガの練習と共に「オージャス」を増やす習慣をはじめてみましょう。

服部 みれい「私が輝くオージャスの秘密」2015年 ちくま文庫

※ヨガヨムに寄稿しています。

仕事術としてのセルケア|「松浦弥太郎の仕事術」松浦弥太郎

2017/01/07

カテゴリ: Makotoのオフィシャルブログ, ヨガを感じる本を読む, 言葉からのインスピレーション

『僕は「仕事の基本はなんですか?」と尋ねられれば、迷わず「健康管理」と即答します。その通りだと信じ日々実践しています。どんな火急の仕事より、どんなに重要なプロジェクトより、どんなに難しいクライアントより、最優先すべきは自分の体と心の健康です。』松浦弥太郎(文筆家)

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季節が冬に変わりあっという間に新しい年を迎えました。

アーユルヴェーダ的な季節感だと、ヴァータという「空」や「風」の元素であるエネルギーへ季節が移り変わり、ヴァータにまつわる器官の不調やエネルギーの増悪が起きやすく、だれもが体調を崩しがちです。

ヨガインストラクターの方々は年末ぎりぎりまでお仕事をされ、年始も早くからお仕事を開始する方々が多いのではないでしょうか? 特にこの季節は風邪や発熱で担当クラスの代行を出す、またはクラスをクローズにしなければいけないこともあるかと思います。

僕たちはヨガとアーユルヴェーダを通じて、人の心と身体の健全さや健康を保つお手伝いをしていますが、医者の不養生とはよく言ったもので自身のヨガやアーユルヴェーダの実践は疎かにしてしまいがちです。

単に「自己の健康管理をしっかりしましょう」と月並みなことをいったとしてもあまり意味がないし、心には届かないかなと思います。
そこで今日は「丁寧に暮らす」ということをテーマにし、実践されている随筆家でクックパッド運営のWEBメディア「くらしのきほん」編集長である松浦 弥太郎さんから仕事の基本としての健康管理について、考え方を共有したいと思います。

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『包丁をぞんざいにあつかう料理人。
レンズがよごれていようとてんでお構いなしのフォトグラファー。
そんな人の仕事ぶりを信用しろと言われても、僕はためらいます。彼らが生み出すものが素晴らしいとは、どうやっても思えないのです。

自分がプロとして関わる仕事の道具は大切に取扱い、どんな時でも最良の働きができるよう、メンテナンスをわすれない。これが働くうえで欠かせない最低条件だと言えば、たいていの人は納得するはずです。

プロのアスリートの場合、睡眠時間や普段の食事など、徹底的に健康管理をしています。自分の身体が仕事の道具だと熟知しているためです。
しかし、自分の体が道具なのはアスリートだけではありません。使い方に多少の違いはあっても、だれもが心と体をつかって働きます。
その意味で心と体とは、職種を問わず、全ての人が使う「仕事の道具」なのです。

それなのに、自分の健康をないがしろにしている人があまりにも多いのではないでしょうか。

心なしで成し遂げられる仕事は何一つありませんし、体調を整えていなければ、いかなる責任もとれません。
プロとして仕事に欠かせない道具を大切に扱うことは、当然すぎるくらい、当然の話なのです。』

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いかがでしょうか?弥太郎さんからのメッセージをどの様に受け止めますか?
当然のことなのですが、健康管理を完璧に実行するのはなかなか難しいかもしれません。
しかし、ヨガとアーユルヴェーダの智慧や技術は心と身体のケア(セルフケア)に他なりません。
そしてヨガスートラという瞑想の実践にまつわる古典書には以下のようなセンテンスがあります。

ヨガスートラ4章1節
「人に生まれること、薬草(ハーブ)を生活に取り入れること、聖典の学びを実践すること、規則正しい生活をすること、瞑想の練習をすることによってヨガの成功は達成されます。」

ヨガスートラではアーユルヴェーダやヨガ、瞑想の実践を継続的に行うことをお勧めしています。
そしてそれらの実践は自己静養やセルフケアなのです。

僕は先だって、1ヵ月の間、大阪に滞在しヨガインストラクター育成講座を担当していました。慣れない環境で、外食や会食もかさなり、大阪、福岡、東京と行き来する環境は相当ハードであるとあらかじめ予測が可能であったので、いつも以上にセルフケアを心がけました。朝起きたときや夜寝る前のベッドでのヤムナの実践。朝まだ誰もいないスタジオでの瞑想やアサナの練習。
オイルの塗布やアーユルヴェーダのハーブ、そして天然のサプリメントの摂取など、五感のケアを毎日おこなったおかげで、一度風邪のような症状になりましたがなんとか乗り越え、大事には至りませんでした。

そして、弥太郎さんの作品「松浦弥太郎の仕事術」を読み、上記の自分自身の体験を通じて、今年の抱負を「自分自身のお世話をきちんとすること」と決めました。
単にヨガのポーズの練習だけにとどまるならそれは全体的ではなく健全で健康的な生活スタイルのほんの一部分にしかすぎないのです。滋養のある食べ物をとる、積極的に身体を緩めていく、読書や美しいものを鑑賞し、自然に触れるなど身体や心だけではなく、魂にも滋養を与える活動がもっと必要だなと感じています。多方面から自分自身へのケアを行えば、ヨガや瞑想など日々のルーティンも単に繰り返しや義務感にならずに情熱をもって取り組むことが可能になります。

僕はセルフケアの選択肢として、ヨガやアーユルヴェーダの可能性を十分に理解していますし、ヨガやアーユルヴェーダ、そして瞑想の実践を通じて多くの人が健やかに生活できると信じています。

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最後に弥太郎さんの仕事とはなにか?というメッセージで締めくくりたいと思います。

『「あなたにとって仕事とはなんですか?」聞かれたら僕はこう答えます。
 第一の仕事は、健康管理。
 第二の仕事は、生活を楽しむこと。
 第三の仕事は、与えられた仕事をすること。
この三つが揃ってはじめて、きちんと報酬を得られ、人を幸せにする良き働き手になりうると考えています。』
 

人が健康になり幸福になることをお手伝いする身として、この三つの教訓を常に心に留めておきたいと思います。

 
松浦弥太郎「松浦弥太郎の仕事術」2012年 朝日文庫

※ヨガヨムに寄稿しています。

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