Makotoのオフィシャルブログ

マイナスな思いをプラスに変える力

2016/04/14

カテゴリ: Makotoのオフィシャルブログ, 自己探求

誰にでも、消極的で負の感情や気分に見舞われて、その感情や気分に流されてしまうことがありますね。

昔、数十年前にポジティブシンキングという言葉がはやりました。
現在ではその言葉はすっかりと定着し、僕たちの間に浸透しているように見えます。

しかし、この言葉には少し落とし穴があるように思うのです。
単に前向きな思考や楽観的な感覚とは、現実をきちんと見ていない、または状況を判断できていない、客観性を失っているともいえるのではないでしょうか?

ヨガにおけるポジティブシンキングは、一般的なポジティブシンキングとは少し異なります。
ヨガの経典であるヨガスートラにはこのような文章があります。

ヨガスートラ2章33節
「否定的な想念によって攪乱された時は反対の肯定的想念が念想されるべきである。」

この文章からヨガ的な考え方のヒントを紐解いてみましょう。

01

「否定的な想念によって攪乱されたとき」とは、私たちに無意識的に刷り込まれているであろう、ある特定の反応パターンや、そもそも兼ね備えている心の傾向により起きてしまう衝動的な言動を指します。私たちの心の傾向に合わせて私たちの五感は常に働いていて、直接的に感情につながっています。そして、その私たちの感情が動く仕組み自体を変えることは不可能です。

ヨガでは自分がコントロールできないことは手放し、自分がコントロールできることのみにフォーカスするように教えています。マイナスな思いを抱いていてしまうこと自体はコントロールできない、ならばその反応パターンをプラスの方向に変えることにフォーカスします。

自分の癖や反応パターンを観察し、反対のプラスな思いのリストを用意したいです。
アファメーションと言って、プラスな思いを言葉に変換して繰り返し唱えることにより、潜在意識に働きかけてマイナスな思いをプラスの力に変えていくことができます。
このポジティブなマントラ(真言)を日頃から口にすることによって、突然の衝動にも流されずにいることができます。

そして一般的なポジティブシンキングの落とし穴とは、本当のことや真実を見ようとしない、または受けいれようとしないで単に自分の都合良いように現実を捻じ曲げてしまうことにあるような気がします。

ヨガにおけるポジティブシンキングとは、現実を見つめ受け入れた上でそれをプラスの思いに変えるだけでなく、実際にプラスに変換したのちに行動のレベルにまで落とし込んでいくことです。
単に思考や感情を自分の望むものに置き換えるだけではなく、勇気を持って本当のことを見つめ、受け入れた後に逆転の発想でもって行動に変えていく、そしてその行動の結果には囚われない、潔い態度がヨガ的なポジティブシンキングなのです。
サンスクリット語では、その一連のマイナスな思考から逆転の発想と行動までの流れを「プラティパクシャバーバナー」と言います。

アーサナの練習を通じて「プラティパクシャバーバナー」の態度を貫いてみてください。
そうすることで、健全な思考パターンになり、穏やかな行動を生み出すことであなたの運命に変革がもたらせるかもしれません。

02

ヨガプラクティスとお弁当を優先した、最強の朝ご飯

2016/03/20

カテゴリ: Makotoのオフィシャルブログ, 自己探求

すごく早起きではありません。
ですが、毎朝日課にしていることはいくつかあります。だから朝は忙しい。

日常のルーティンをアーユルベーダではディナチャリアと呼び、規律のある生活が心身の健康を保つ第一歩だと教えます。また朝の時間は自然界における三つの質のうち純粋性(サットヴァ)が高められる時間であり、精神修養、要はアーサナや呼吸法、瞑想をすることが推奨されています。
自宅の小さなバスルームは、僕の毎朝のディナチャリアを実践する神聖な場所であるため、写真を飾ったり、リビング同様心地よいなと思える空間にしています。
ステンレス製のタンスクレイパーで舌を磨き、ポンプ式の鼻腔洗浄機で鼻うがいをした後、ナスヤと呼ばれるゴマ油をベースとした鼻腔専用のオイルをさします。その後、アビヤンガと呼ばれるオイルマッサージをしてシャワーを浴びます。身支度を整えたら瞑想のプラクティス。
そして、お弁当の支度をしてスタジオに向かいます。なので朝ご飯を食べる時間が実質ない状態です。
そんな中で編み出した朝ご飯をとる方法が、自家製のギーをたっぷりといれたコーヒーを飲むこと(ギーは無塩バターを煮詰め、水分と動物性タンパク質を取り除いた純粋なオイルのこと)。
飛び切り美味しいコーヒーにするために、専門店で豆を選び、毎朝、その豆を手動のミルで挽きます。そしてケメックスのコーヒーメーカーで丁寧に淹れます。
この二つのスーパーフードを組み合わせた最強の朝ご飯・ギーコーヒーを、お気に入りのマリメッコのマグで飲むか、時間がなければアラジンの水筒にいれてスタジオで飲みます。

コーヒーには、脳や中枢神経に働きかけ集中力や思考力が増す、呼吸機能や運動機能を高めるなどの効果があります。またギーには消化力を高め活力が湧き、疲労回復、滋養強壮などの効果効用があります。
それに、朝ご飯といっても飲み物なので、前の晩の夕食から数えて数時間のファスティングをしたことにもなり、身体に未消化物を残さないことの助けにもなるのです。午前中はレッスンや授業が控えているので、活力に満たされながらも、身体は軽やかで朝のアーサナやYamuna®のプラクティスも心地よく行えます。
そしてギーの良質な脂質を摂取しているために、お昼にお弁当を食べるまでの間に空腹感を感じることなく過ごせます。
こうして毎朝のディナチャリアの最後に、この最強の朝ご飯をいただくことで生命力が輝き、クラスや授業でもインスピレーションに溢れる一日を過ごしています。

以前はコーヒーはスターバックスで済ませていた僕が、専用の道具まで揃えてコーヒーを淹れているわけは?
それは、僕の尊敬するとても大好きな人が、朝にきちんと豆から挽いたコーヒーを淹れてくれたから。
そして、その人よりもっともっとおいしいコーヒーを淹れて、飲ませてあげたくなったからなのでした。

※ YOGAYOMU-ヨガヨム vol.47「先生の朝ご飯」掲載

IMG_0973

日常の日課を見直してみる

2016/03/10

カテゴリ: Makotoのオフィシャルブログ, 自己探求

インドで生まれ5000年以上の歴史を持つ伝承医学であるアーユルヴェーダの世界では、日常生活に日課を設定し、規則正しい生活を送ることが病気を未然に防ぎ、心と身体、そして精神のバランスや真の意味での健康を築く基本であると教えています。

日課のことをアーユルヴァーダでは「ディナチャリア」と言い、夜の日課のことを「ラトリチャルヤ」と言います。

春になり新しい環境に身を置かれる方も多くいらっしゃると思います。新しいことにチャレンジすることを目標に据える前に、今一度自分の日課やルーティンを見直してみませんか?

僕なりの朝のルーティンは、朝、排泄をすませて、タンスクレイパーという専門の器具で舌をみがき(舌苔を除去する)を行い、鼻腔の洗浄機で鼻腔を洗浄後に、ナスヤというゴマ油をベースとした鼻腔用のオイルをさします。そして水(常温)を飲みます。その後シャワーを浴びて、メディテーションを終えたら、最近お気に入りのスーパーフードであるマキベリー(アサイーよりもっと栄養価が高いスーパーフード)入りのデトックスウォーターかギー入りのコーヒーを飲みます(ギーは無塩バターを煮詰め、水分と動物性タンパク質を取り除いた純粋なオイルのこと)。その後、ヨガやヤムナ®(ボディワーク)の練習をするので、飲み物が朝ごはんなのですが、コーヒーは豆から引き、デトックスウォーターも前の晩から仕込み、飲み物であっても食べ物同様に丁寧に用意します。

IMG_1082

夜は朝ほど厳密にルーティンを設定してはいません。よりリラックスできることを心がけています。テレビはないので見ませんし、音楽も夜にはあまりかけないです。その代わりに、お気に入りのアロマオイルを焚きます。身体にオイルマッサージを自分自身でするか、ヤムナ®の顔専用のワークを行い、日中の緊張を積極的に緩めます。そしていくつかのアロマオイルを調合したオリジナルのバスソルトを使って半身浴をします。

アーユルヴェーダにおける日課とは、単に身支度や繰り返し行う日々の営みという枠を超えて、私達の五感を司る感覚器官や直観を司る第六感を整えるものなのです。そしてアーユルヴェーダにおける健康の概念とは、身体だけでなく心、精神、魂のバランスが整って初めて健全であることなのです。

この春から今まで行っていた日課を見直してみませんか?
そうすることでますます生命力(オージャス)が高まります。
そう、よりよく生きるために。

IMG_1083

松浦 弥太郎 「今日もていねいに。」

2016/01/12

カテゴリ: Makotoのオフィシャルブログ, ヨガを感じる本を読む

ヨガの講師という立場から「けがや病気など、身体になんらかの痛みがあって、ヨガの練習ができない時はどうしたらいいか?」という質問をよく受ける。ヨガの実践には瞑想や呼吸法も含まれるので、そういった時はそれらの練習をおすすめしているが、もうひとつおすすめしていることが、ていねいに日常生活を送ることや、大切な人とともに有意義な時間を過ごすことである。

哲学的な背景を持ち、長い歴史のあるヨガだが、現代に生きる私たちにとってヨガとは、もっと普遍的で生活に根ざしたものである。

ヨガの教典である「ヨガ・スートラ」では、私たちがていねいに生活を送ることができるようにガイドラインを示してくれている。ヨガの八支則(アシュタンガヨガ)と呼ばれる八つの実践的なプログラムがある。
Ⅰ:ヤマ:禁戒(日常生活で避けること)
Ⅱ:二ヤマ:歓戒(日常生活ですべきこと)
Ⅲ:アーサナ:座法(理想的で快適姿勢)
Ⅳ:プラナヤーマ:調気法(効果的な呼吸をしエネルギーを調整する)
Ⅴ:プラティヤーハラ:感覚器官の制御(五感を健全に保つ)
ⅵ:ダーラナ:集中(努力が伴う集中)
Ⅶ:ディヤーナ:瞑想(努力が伴わない集中)
Ⅷ:サマディ:三昧(集中している対象と調和し一体感を保つ)

一番目のステップと二番目のステップがちょうど、日常生活をていねいに送るためのガイドライン、すなわち案内である。

一番目のステップであるヤマ(すべきでないこと)は、自分と世界を繋ぐために、世界と良好な関係を築くために避けるべき事柄が五つラインナップされている。
1)あらゆる暴力的な言動を避ける
2)嘘を避け、真実を見つめて受け入れる
3)あらゆる物事を盗まない
4)エネルギーを無駄に浪費しない
5)あらゆる物事に執着しない

二番目のステップである二ヤマ(すべきこと)は、今ここにしっかりと存在し、自己を浄化するために行うべき事柄が五つラインナップされている。
1)外側と内側の清潔さを保つ
2)与えられた環境、現状を受け入れて感謝する
3)進化を続け変化をうけいれる
4)学び続けることで精神性を高める
5)行動の結果にとらわれずに身を委ねる

通常ヨガのスタジオでは三番目のアーサナ(ポーズ・座法)、四番目のプラナヤーマ(調気法)、七番目のディヤーナ(瞑想)を練習するので、一番目や二番目のステップに触れる機会はあまりないかもしれない。しかし、上記の実践の前提として自分自身の自立した生活の確立と、どうやって世界と関わっていくのか?その質が問われていると思う。

ヤマとは、自分が世界と上手く関わっていくために避けるべき五つの事柄である。二ヤマは自分自身と良好関係を築くために自己浄化として行うべき五つの事柄である。
ヤマ、二ヤマについて語られているヨガの哲学書はあるが、ここではヨガが生活に根ざしたもので、普遍的なメッセージであるという仮定のもとに、私たちの道徳や生活規範の側面にインスピレーションを与えるであろう、ある現代の作家のエッセイにそのヒントを紐解いていきたい。

松浦 弥太郎というエッセイストは、古書店「COW BOOK」オーナー雑誌「暮らしの手帖」元編集長、現在はクックパッドが運営するウェブメディア「くらしのきほん」の編集長であり、主に暮らしにまつわることについて提案する作家である。彼の作品で「今日もていねいに。」(PHP研究所)にという作品は「よく働き、よく暮らすための実用書」と掲げられている。

「よく働き、よく暮らす」とはまさしく、行動としてのヨガ(カルマヨガ)の規範だ。ヨガの世界では、生まれてきた今世での自分自身の真の課題に取り組むことが徳に繋がり、その課題を放棄することは不徳に繋がるとされている。インド古典文学を代表する一大叙情詩の「マハバーラタ」の中のひとつである、「バガヴァッド・ギーター」では主人公の戦士アルジュナが神様の代身であるクリシュナに、自身のタスクである敵と戦うことを放棄して、隠遁しヨガのメッセージを人々に伝えていきたいのだと懇願するが、クリシュナからはその申し出を却下されてしまう。そう、魂が意図したタスクを無視することは、神の逆鱗に触れ不徳に繋がるのである。

私たちもそれぞれの魂が計画した経験を存分に味わうために今ここに生まれてきた。それは、奇跡的ではあるが、偶然などではまったくなく、至極必然的である。

それぞれの課題に取り組む前に、またその経験を存分に味わい、学び、経験値を積んでいくには個人の生活が確立されている必要がある。そのために「ヨガ・スートラ」という経典では私たちが人生においてゴールに達することの助けとして八つのステップを記している。

その八つのステップである、アシュタンガヨガ・ヨガの八支則は、ドグマ(教義)として捉えることが多いが、実際は非常にシンプルでよりよく生きるための生活のガイドラインである。その出典元である「ヨガ・スートラ」は、人生という旅を成功させるためのガイドブックと言えるだろう。そして松浦弥太郎の著作である「今日もていねいに。」というエッセイもまた、人生をシンプルによりよく生きるための実用書なのである。

歴史的な古典である「ヨガ・スートラ」と現代の作家による随筆集である「今日もていねいに。」、この二冊には一見共通項がないように思われるが、私は根幹にあるコンセプトは全く同一であると思う。日常生活の繊細な部分一つ一つを丁重に扱うことで意識を今ここに置くという実践の繰り返し、つまりマインドフルに暮らすことを様々な角度から提案しているのが「今日もていねいに。」であり、さらに瞑想についての洞察を詳細に述べているのが「ヨガ・スートラ」といえるかもしれない。「今日もていねいに。」のコンテンツからも二つの書物の共通項がうかがえる。

「じんわりやさしく」では、親切とは相手の立場に寄り添ったものと結び、非暴力のコンセプトとリンクスする。「欲張らないルール」では、人に譲ることで本当に欲しいものが手に入るとし、執着を手放すことが推奨され、世界と自分とが繋がるために避けるべきことが示唆されている。

「清潔なたたずまい」では、世界に関わるすべての土台、人生の作法が、清潔感であり人として常に内側と外側の清潔さを保つとことを生きる上で必須とされる姿勢であるとしている。

「足りない病を治す」では、お金や時間がないとは禁句であり、何かの原因を他人に転化する不健全な行為であるとし、今与えられているものへの感謝に気づかされ、自己浄化が促される。

「今日もていねいに。」の最後のトピックス二つは、瞑想やサマディのコンセプトを示唆す内容になっている。

「無になる練習」ではリラックス法とし著者流の瞑想法、シャバーサナともいえるテクニックが紹介され、それを無になる練習と定義している。

「自分を無くす幸せ」では仏教やブッタのメッセージを引用しながらエゴと共に現実世界の営みを行いながらも、その先にはエゴを超えた精神的な世界が広く開けているのが幸せであると説き、このメッセージは「ヨガ・スートラ」のメッセージとリンクスする。

「そして長い人生をていねいに生きたいなら、今日この瞬間をていねい暮らすことです。」と最後にまとめられている。

「今からヨガを詳細に説く」と始まる「ヨガ・スートラ」の重要なメッセージに、今この瞬間にフォーカスをするということがある。一瞬一瞬の刹那を点の様に連続的に積み重ねることは、今日この瞬間をていねいに扱いそれを意識的に繰り返す営みであろう。

昨年を振り返り、今日という瞬間にキチンと意識を置けていただろうか?
繰り返される日々の中で、ていねいに日常を扱うことができていたであろうか?
ルーティーンに陥ることなく、今にフォーカスすることができていたであろうか?

今年もハタヨガや瞑想の実践を続けていく。

そしてよりよく生きるために、ていねいに毎日を過ごし、大切な人と共にかけがえのない時間を過ごしながら、過去でも未来でもなく、今ここを強烈に感じて生きていきたい。

※松浦弥太郎『今日もていねいに。』2008年 PHP研究所

IMG_0886

ページ上部へ戻る