Makotoのオフィシャルブログ

ハタヨガから生まれた「Yamuna®」というボディワーク 2

2015/09/06

カテゴリ: Makotoのオフィシャルブログ, ヤムナ

前回はYamuna®というハタヨガから生まれたボディワークのコンセプトやバックグラウンド、そして創設者であるYamuna Zake(ヤムナ ゼイク)という女性についてお話ししたが、今回はこの独創的でユニークなメソッドについてもう少しそのディテールをお話ししたい。

Yamuna®とハタヨガのコンセプトは全く同一である。
Yamuna®やハタヨガを実践することで、私たちの姿勢を理想的なものへと導き、呼吸器の機能を促進し循環器系のシステムを整えることで私たちの身体を健やかにまたそこに宿る精神を健全なものとすることが継続可能となる。

Yamuna® Body Rolling(YBR®)とは、Yamuna® Body Logic(ヤムナ®ボディロジック)という、Yamunaが開発した特殊な手技による施術の効果を、彼女が年月をかけて作り出した特殊なボールを使って自分自身で治療できるように発展させたのが、Yamuna® Body Rolling(YBR®:ヤムナ®ボディローリング)である。

Yamuna® Body Logic(ヤムナ®ボディロジック)は、整体やカイロプラクティックとも異なる大変優れたメソッドであったが、有資格者がクライアントに施術を施すというスタイルが世の中に浸透しにくいとYamuna自身が気づいていた。Yamuna® Body Logic(ヤムナ®ボディロジック)の優れたコンセプトを広め、人々が自立して自身を癒すことができるようにと、彼女自身の股関節の損傷という経験を基に考案したルーティンといわれる一連の動作をボールの上に乗りながら行い、呼吸に意識を向け、深い呼吸を入れながら自分の体重の重さで身体の各部位に圧と牽引をかけていくという大変ユニークなテクニックである。

では、Yamuna® Body Rolling(YBR®)の目的とその効果とは一体どのようなものか?

私たちは引力と重力の関係、すなわち宇宙の法則に従いながら加齢と共に高度に情報化されている社会に生きている。その事実の中、私たちの身体はますます硬直状態にあり、皮膚、筋肉、骨格、内臓は下へ下へと下降していく。そして、慢性的な身体の痛みの主な原因はストレスや姿勢不良により、筋肉が硬く縮まることで異なった筋肉群が融合したり、骨と筋肉の過剰な癒着により骨と骨の間隔、関節の空間が狭くなり動きに制限が出てくることに由来するのである。

Yamuna® Body Rolling(YBR®)で使用される専用のボールは、人体の凹凸面に密着し、刺激を与えられるように、適度な柔軟性と硬さを兼ね備えている。このボールを用いながら、身体の一番深部である骨に刺激を与えて、腱などの結合組織、そして筋肉に直接的に働きかける。そうすることで、鎧を纏い、拘束されている私たちの身体、そして感情や心、精神までもが深くリリース(解放)されていくのである。

つまりYamuna® Body Rolling(YBR®)により、人々はヨガやピラティス、マッサージや整体、あるいは各種ボディワークを行った、またはなにか施術を受けたとの同じあるいは、それ以上の効果を期待できる。実際にYamuna® Body Rolling(YBR®)はそれらのメリットを包括的かつ手軽に享受することが可能な大変ユニークで全く新しいテクニックだ。

現在、様々な健康法が取りざさされ、いくつものメソッドが溢れている。
一般の人々の身体への興味は高まり、身体に関するトピックスが雑誌で取り上げられ、今までは専門家のものであったはずの身体に関する専門書が売れているという。
これ程までに身体機能に関する指導者やセラピストが求められている時代が、未だかつてあっただろうか?

私は、今の日本が義務教育を通じて体を育むということを、正しく教えられていないと思う。つまり教育を通じて、身体の使い方や扱い方を全く学んでいないのである。今この事実をきちんと受け止めるべきである。

この様な分野はどうしても欧米が先進国であり日本は後進国、数十年遅れていると言わざる得ない。欧米では学校教育の中の授業としてヨガが取り上げられ、また心身相関として各種ボディワークを通じ身体教育学や身体心理学という学術にまで発展している。

ヨガでは、私たちの身体は3段階そして5つの層(レイヤー)として捉えている。その最も外側である粗大な身体を今こそ再教育し、きちんと自分の持ち物として機能を全うする必要がある。

かの偉大なるヨガ指導者は「身体は魂が宿る寺院である」であると表現している。
魂が宿るであろう建物の構造を強固にするため、その景観や外側、内側の環境を美しく、清らかに保つ為に私はYamuna®とハタヨガのテクニックを駆使して自分自身の身体について理解を深め、骨格や筋肉の使い方を身体に再教育し今日もプラクティスにいそしんでいる。

私自身の魂が意図した経験を存分に味わうことができる様にと、この伝統的なツールと現代的なツールの2つのツールに出会えたことに最大限の感謝をしめしたい。

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ハタヨガから生まれた「Yamuna®」というボディワーク 1

2015/08/26

カテゴリ: Makotoのオフィシャルブログ, ヤムナ

私はヨガの他にYamuna®というニューヨーク発祥のボディワークを実践していて、指導者でもある。ボディワークという言葉はまだまだ馴染みがない言葉かもしれない。ボディワークとは身体になんらかの働きかけをし、またその反応をもとに身体の意識や感覚を育みながら、身体のアウトラインや機能、生理学的働きを修正し改善していくものである。またワークを通じて身体の使い方を学ぶことから、身体の再教育、本来の意味での体育とも言えるかもしれない。主に欧米で盛んであり様々なメソッドが展開さていて、代表的なものだとロルフィングやフェルデンクライス、アレキサンダーテクニークなどがある。それらのボディワークよりも比較的新しいものがYamuna®である。そもそもヨガやピラティスもボディワークの範疇であると、私は思っている。

ヨガを始め、そして指導を開始してから数年が経ったころ、何のためにアーサナを行うのかという通過儀礼的な壁にぶち当たった。その頃にボディワークやYamuna®の存在を知ったのである。

Yamuna®の定義は身体の失われた空間を取り戻し、骨や筋肉そして内臓を本来あるべき位置に戻すとされている。この定義はハタヨガのコンセプトと全く同じである。そう、数あるボディワークの中でもYamuna®とはハタヨガの原理原則を元に生まれたボディワークなのである。ヨガのグループレッスンだけでなく、ヨガのプライベートセッションを多く受け持つようになり、より身体の機能について探求したいという気持ちと、ヨガ以外のテクニックでより効果的に身体意識や感覚を育む事ができないかと、国内外の様々なボディワークを体験したり専門書読んだりする中でYamuna®のテクニックに出会った。

Yamuna®とは心身に現れる様々な不快な症状を取り除くためのテクニックであり、身体を適切なアライメントに修正するための全く新しいメソッドであり、身体からのフィードバックで知覚や意識を得ることにより気づきを深めて行くことで心身の修正が可能となるボディワークである。その類い稀な洗礼された科学的なメソッドは、身体が本来持っているスペースを取り戻し骨格や筋肉を元の場所や状態へ戻すことで、重力に負けないしなやかで強い身体とストレスに負けない心と精神を育んでいくのである。

Yamuna®とは創設者であるYamuna Zake(ヤムナ ゼイク)という女性の名前である。ヨガ指導者でもある彼女は、1954年フロリダで生れ、身体への強い興味から14歳でヨガに出会い、わずか15歳でハタヨガの指導者資格を取得。ヨガ講師を続けながら大学で教育学を専攻、同時にメディカルスクールへの進学過程で解剖学、生理学などを学び、そしてニューヨークにて自身のヨガスタジオを主宰しながら指導者として多くの生徒を受け持つようになった。ヨガの生徒の中には特定のポーズへの取り組みをとても困難に感じていたり、特定の身体部位に痛みや機能不全の症状を訴える者が多くいた。そんな中、もともと精通していたハタヨガの原理原則を施術という形に発展させて、身体機能改善や関節の調整をし、肘と手を使うYamuna® Body Logicという手技を開発するに至る。しかし、25歳で初めて出産した時に、左股関節や内転筋などを彼女自身が痛めてしまう。様々な整形外科やカイロプラクティックなど民間療法に通うが好転せずにいたところ、「自分の身体を自分自身で癒すしかない」と痛感し、Yamuna® Body Logicを自身に行うことを試行錯誤する過程でボールを用いたYamuna® Body Rollingを開発することに成功するのである。そしてあらゆるテクニックや療法でも治らなかった自身のケガをYamuna® Body Rollingで完治させることに成功した。自身を癒し、また多くのヨガの生徒が陥るトラブルを解決していくことでYamunaのキャリアはヨガ講師という枠をはるかに飛び越えて、セラピストや治療家として大きな成功を収めるまでになった。Yamunaは今現在も日々自分の身体を探求しながら、Yamuna®のメソッドを進化させ続けている。

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優しさを持って取り組む「アヒムサ(非暴力)」

2015/07/20

カテゴリ: Makotoのオフィシャルブログ, 自己探求

いつも私が誰かに好意を抱くその時に、その人が掲げるマニフェストに強く惹かれていく傾向がある。つまり、その人が掲げているテーマやコンセプトが、いま自分の取り組んでいることや興味のあることであり、強い共感性と共時性が伴って、ますますその人に惹かれていくのである。

もう30年近くも前、多分その時代を人々はバブルというのだけれども。
「24時間戦えますか!?」
と大胆なキャッチコピーを掲げた栄養ドリンク剤の広告があった。

私が強い共感性と共時性を持って惹かれたその人は、「24時間戦えますか!?」を地で行くハードワーカーだった。仕事の知識や技術はもちろん、知性や教養そして倫理までも博学で、その人の生きる世界はすさまじく淘汰の激しい世界なのだが、その人は微笑みながら「No pain, No gain.」と言った。

痛みなくして、成長はない。
心や身体がすりきれるほどにハードな仕事をもつその人の前向きな向上心と精神性の高さにものすごく憧れた。

ヨガの世界では、自分と世界を結ぶための道徳的な規範が5つあり、その筆頭が「アヒムサ(非暴力)」である。インド独立の父で、世界的に有名な指導者であるマハトマ・ガンジー氏が掲げていたコンセプトとしても有名である。

「アヒムサ」とはインド古代の言葉、サンスクリット語である。
「ヒムサ」が暴力を意味し「ア」が付くことで否定形になる。ヨガの世界では「非暴力」と一般的に訳される。

人生という旅を続け、自分自身の精神性を高めていく課題に取り組む時、この「No pain, No gain.」と「アヒムサ(非暴力)」のコンセプトをどのように結びつけることができるだろうか?

私が実践し指導をしているハタヨガは、身体をツールとしながら、自身の精神性を高めていこうと試みるワークである。ハタヨガの場合、ポーズがアクティブでアクロバティックゆえ、人によっては身体的な痛みが伴う。どのようなアプローチであれ、自己成長と共に伴うであろう身体的、精神的な痛み。その痛みと私たちはどのように折り合いをつけていくべきであろうか?

ハタヨガでさまざまなアーサナに取り組み、身体を曲げる、伸ばす、ねじる、または逆さまになることを通じて、身体は今までに感じたことのない強い衝撃を受ける。ハタヨガはアーサナにより緊張と弛緩を繰り返す。この緊張がアーサナの力強さ、または安定につながるのだが、度が過ぎると過緊張になってしまい、ヨガで重要な心地よい深い呼吸が妨げられてしまう。実際にアーサナに身体がなじむまでは、主要な関節や筋肉が痛むのは、ヨガのプラクティショナーであれば誰でも通る道である。

私がヨガの練習を始めて間もない頃、クラスでケガをした。開脚前屈のポーズ中に、太もも裏側が張りすぎて、パチンと何かが弾ける音がした。その場ではにぶい痛みがあり練習を続けたが、その後痛みはひどくなり、整骨院通いが数ヵ月続いた。

この時、練習を続けるべきか否かという選択を迫られるが、私の場合は練習を続けた。正直、当時はヨガを始めたばかりのビギナーであり、自分の身体の声を聞けるほど、身体の意識や感覚がはっきりとあったわけではない。自分の身体を手探り状態で探求していた。

太もも裏側の鈍痛はその後数ヵ月続いたが、その後はヨガの練習の質に気を配るようになり、解剖学を学び、次第に身体意識が育まれ、理性を持ってポーズに取り組むことができるようになった。

果たして、その痛みに意味はあるのだろうか?
何かの現象に意味付けをするのは、常に個人の主観に偏りがちだ。意味があるか否かは、個人の感覚的な問題であるため定義が非常に困難である。しかし痛みをしっかりと感じとれるということは、身体との対話がなされているということ。身体からのメッセージが受け取れるということ。痛みそのものではなく、自分の身体からメッセージを受け取れることに意味があり、それは素晴らしいことであると私は思う。そのメッセージは、知性や理性を通じて受け取れるのだ。

またガンジーは「アヒムサ(非暴力)」を掲げながら、断食という手段で迫害や差別に抵抗した。しかし断食は、度が過ぎてしまったり、正しく行われなかったりすると自身への暴力ともなり得るし、断食の過程では痛みが伴うであろう。彼は自身の行いのエッジを心得ていた。「ヒムサ(暴力)」と「アヒムサ(非暴力)」のエッジを。もしくは心得ていたというより、彼の優れた知性と理性が、そのエッジの極(きわみ)に身を置くことを許したのだろう。

今まで障害となっていた事象を乗り越えて行く時、
前進して進歩、進化していく時、
その人の次元を遥かに超える時、
自分自身の可動域を超える時、
やはり痛みは伴うのだと思う。

痛みが起きた時に、自分の知性や理性をうまく扱うことができれば、そのエッジを味わうことができる。私もそのエッジの極に身を預けて丁寧に味わっていきたい。

そう、知性と理性を味方できれば、Breakthrough(ブレイクスルー)を起こすことは、常に誰にでもできるのだ。

そして笑顔でこう言おう。「No pain, No gain.」

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アムリタ

2015/06/02

カテゴリ: Makotoのオフィシャルブログ, 自己探求

10代の頃、今よりも1日をゆったり感じたり、1ヵ月先の楽しみなイベントを指折り数え待っていたりした。

そう、あの時間がゆっくりと流れていたころに、テレビでは「29歳のクリスマス」というドラマが放送されていた。
当時の私は自分が29歳、要は30代を目前に控えることなどまったく想像できずに、そのタイトルやドラマで描かれている山口智子さん演じる主人公の29歳で迎えるクリスマスという意味合いや心情が理解できずにいたと思う。ドラマのタイトルに29歳とかかげる意図が分からなかった。
きっとそれはセンチメンタルことなんだろうが自分には想像ができない、はるか未来のことのようであるし、そもそも他人ごとのように感じていたのであろう。それから自分が29歳を実際に迎えてきたが、特に感慨深いものなどなくて、その時の誕生日の記憶、思い出があまりないのが正直なところである。

29歳のクリスマスから数年後、自分の持ってい体質(アーユルヴェーダでいうドーシャ)のマイナス面が顕著に現れだした。
このまま心身共に健康でいられるのか?と不安感に苛まれた時にヨガと出会った。
当時は冷え性や肩こり、慢性的な疲労感、便秘など、自律神経がアンバランス状態であった。
それまでいたファッションやアートの世界から離れて、ヨガの練習が毎日できるように仕事を変え、引越し、そしてヨガの練習に集中した。
自身の体質をヨガで改善し、ヨガの指導者になることを志した。

それから10年の年月が流れて、2015年私は40歳を迎えた。
かつてあんなに長いと感じていた1日は短く、1週間はあっという間に過ぎて、1ヵ月先の予定はすぐ目の前にやってきてしまう。
年齢を重ねた今は時間が一瞬で過ぎていく。
ヨガの恩恵で、私が目指していたところを歩み進められていて、心身ともに健康であることに感謝したい。

ヨガインストラクターとして活動していると、「どのようにしたら若さを保てるのか?」という質問をよくいただく。
きっと質問した方の意図は見た目のことを指しているのだから、身体的な取り組みとしてはヨガしかしていないので(近年ではヤムナ(ボディワークの一種)もしている)「ヨガです。」と答えると「ほかには?」と返されるが、実際に身体的な取り組みとしてはヨガとヤムナの実践しかしていないので答えようがない。。。
もちろん私がヨガと指すものの範疇には、呼吸法や瞑想も含まれている。
確かに、ヨガの生徒や指導者には、年齢や性別などを軽々と超越してしまっている方々が多いのは事実であろう。
身体面でのヨガの効果効用や、アンチエイジングとしてのヨガの可能性はもうすでにたくさん語られていると思うので、ここでは割愛したい。

「アムリタ」という言葉は、古代や中世のインド亜大陸、東南アジアで用いられていた言語であるサンスクリット語でインドの神話に登場する神秘的な飲料を指し、それを飲む者に不老不死を与えるという。
この神の甘露は太古の昔から多くの人々が求めて止まないものであり、様々な神話や物語のモチーフとなっている。

まるで、「アムリタ」を飲んだかのように、ヨガの実践を続けることで生命体としてのエネルギーが上昇し、輝きが身体の内側から外側へと良い影響を及ぼす。しかし、その身体側面への影響というのはヨガの恩恵の副産物に過ぎない。

ヨガの伝統的な流派である創設者の賢人の方々がここ数年で亡くなられている。偉大なヨガマスターですら肉体は儚く、滅びるものである。もちろんその賢人たちはそのことを十分に心得ていた。肉体を持っている自分と本当の自分との識別がきちんとできていたからこそ、今ここにただただ、存在するいう実践のマスターであったのであろう。

私たちヨガの練習生は、確かに「アムリタ」=「神の甘露」を飲んでいるのかもしれない。しかしそれは外見を整えるためではもちろんない。私たちの直感にアクセスし、知性を輝かせるためである。
つまりアムリタの不老不死とは、肉体レベルではなく精神のレベル、魂のレベルでの不老長寿や不老不死であるのだと思う。
内側の純粋性と清潔を保ちこの世を生きていきたい。

今日をより良く生きよう。

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